マンションの前に自転車泥棒がいたので3回殴った
昔会った自転車泥棒の話しでもしましょうね。
その日も梅雨があけるか明けないかという頃で寝苦しい夜でした。
仕事もせず昼夜逆転した不規則な生活を送っていた私は、
夜中にどうも情緒が安定せず、
開け放した窓の外から聞こえてくる猫の盛りの声など聞いていると妙に血がたぎるので、
家でじっとしている気になれず散歩に出たのでした。
適当なシャドウボクシングのような動きをしながら夜道を歩いて帰ってくると、
マンションの前の駐輪所の私の自転車の前で何やら不審な動きをしている奴がいました。
…自転車泥棒だ!!
よし、
殴ろう。
ちょうどむしゃくしゃしていて誰かを殴る口実のほしかった私は、
そいつをぼこぼこにすることにしました。
「こんばんは。」
先ず声をかけました。私は礼を重んじるほうなのです。
「私はその自転車の持ち主です。あなたに会えてとてもうれしい。」
「こんばんは。わたしもあなたに会えてとてもうれしい。」
「あなたはとてもハンサムですね。ところであなたは自転車泥棒ですか?」
「いいえ、わたしは自転車泥棒ではありません。」
「殴ってもいいですか?」
「どうぞ。」
「ありがとう。」
ゴスッ
「ここで何をしていたんですか?」
「いたた…自転車を修理していました。」
見ると後輪のブレーキのゴムが新しくなっている。
「止まろうとする度にキュキュー!ってすごい音が鳴っていたでしょう。油もさしておきました。ちょっと乗ってみてください。」
乗ってみると、確かにブレーキの利きが全然違う。
錆びていたチェーンもギシギシいわなくなっている。ペダルも軽くなったようだ。
「わぁすごい止まりやすくなってる!ありがとう!」
「いいえ。」
気を良くした私は一人でケラケラ笑いながら軽業師のように自転車でその場にくるくると小さな円を描いた。
「あなたは親切な人ですね!それにとってもハンサムだ!どこのどなたか存じませんが!」
「はぁ…」
「殴ってもいいですか?」
「どうぞ。」
「ありがとう。」
ゴスッ
「いたた…あなたの方こそ、こんな夜中に何を?」
「いやー、何だかイライラして眠れなくって。」
「女性の一人歩きは危ないですよ。最近夜寝れてないみたいだけど、明日も早いんでしょう?大丈夫ですか?」
「ビッグなお世話だよまた殴られたいかクソ虫が」
「どうぞ。」
「ありがとう。」
ゴスッ
「…いたた。ははは」
「何かおかしいですか?」
「相変わらずだな、と思って。」
「…?」
私は自転車泥棒(?)の顔をまじまじと見た。
一見人の良さそうな顔をしている。
「…ははは、そんなに見られると何か照れるな。」
相手の目をじーっと見ていたら何だかクラクラしてきた。
「…あの、どっかでお会いしました?」
思い出そうとすると、頭がぼーっとする。
催眠術でもかけられたみたいだ。
「いや、元気そうで安心した。じゃあ僕帰ります。」
自転車泥棒(?)は帰って行った。
一年ほど前の話しだ。
何だかあれから
また来てないかな~
ってマンションの前の駐輪所を通るたんびに探してしまっている自分がいる。
「お嬢さん、その自転車泥棒はこの写真の男でしたか?」
「そうです。刑事さんこの人の事知ってるんですか?」
「クソッ!一足遅かったか…奴めまんまと盗みおって…」
「いいえ、あの方は何もとらなかったわ。むしゃくしゃしてる私のために自転車を修理して3回殴られてくれたんです。」
「いや、奴はとんでもないものを盗んで行きました。」
「…。」
「あなたの羞恥心です!!」
「…はい。」
私は全裸でうなずいた。
そういえばあの日から一度も服を着ていない。