たまごのおふろ
バスタブの中でたまごが揺れていたので声をかけた。
「のどが、かわきませんか?」
「冷たくしないでください。」
「あ、はい」
私は足し湯をした。
「湯加減はいかがですか?」
「ユデタマゴニ、ナッチャウヨー。」
たまごはアルシンドの物真似をしながら言った。
「古いんですね。」
「生まれてから37年経ちました」
「いつから、たまごに?」
私が髪を洗いながらたずねると、
たまごは
「もう忘れました。」
と言った。
湯船のなかでたまごを抱いた。
たまごは外国の子守唄を歌ってくれた。
たまごの歌声は甲高くこもっていて、
テルミンの音色に似ていた。
たまごは丸くすべすべしていて、
素焼きの陶器のような殻に耳をあてると、
頼りない鼓動を感じた。
大切なものはどうしてこんなに壊れやすいのだろう。
私はのぼせてきた。
「先に出ますね。」
「おかまいなく。出る時に湯船の栓、抜いときますか?」
「え?ああ、ありがとう。お願いします。」
私は髪を乾かしながら
どうやって栓を抜くんだろうと思った。